交通誘導警備員の有罪判決を考える | 警備業界、警備会社、警備員における問題点   

2016年10月1日土曜日

交通誘導警備員の有罪判決を考える

(警備保障タイムズ 「交通誘導警備員の有罪判決を考える」より 2013/8/21)

交通誘導警備員の有罪判決を考える(前編)

交通誘導中の女性警備員に対し刑事責任が科せられた判決に関する早川氏(神奈川県警備業協会・前専務理事)の講演を7月1日号で報じたところ、小紙への問い合わせが相次いでいる。
事故の過失責任が認定されたことは警備業界にとって大きな衝撃となっている。
そこで今回、早川氏に寄稿してもらった。
裁判の状況、業界として講じるべき対応策について上下2回に分けて掲載する。【早川正行(前・神奈川県警備業協会・専務理事)】

禁錮1年執行猶予4年の判決
 
はじめに

平成25年3月4日、交通死亡事故の刑事裁判において、横浜地裁川崎支部の荒川英明裁判官は、交通誘導に従事する警備員とドライバーの過失が重なったことで事故に発展したとして、警備員とドライバーに対し執行猶予付有罪判決を言い渡した。
警備員は、水道工事が行われている交差点付近において、同僚警備員と共に片側交互交通規制に従事し、その最中に発生した死亡事故について、クルマと歩行者に対する交通誘導に過失があったとして事故の過失責任が認定された。
ハンドルを握っているドライバー以外の警備員にも刑事責任を認定したのである。
交通事故訴訟の専門家である高山俊吉弁護士は、朝日新聞の取材に対し「事故は工事がなくても起きえた。
誘導員の罪が問われるケースではなく、量刑も重すぎる」とコメントしているように、今回の判決は極めて異例である。
本件有罪判決が警備業界に与えた衝撃は大きく、警備員教育のあり方を含めて、全国の警備業関係者から問い合わせが多い。
この種の判決文は公刊されないことが多いため、どのような証拠により、本件判決が導き出されたのかは不明であるが、裁判を傍聴した者として、裁判官が有罪判決の心証をどのように形成し、判決に至ったのか経緯を考えてみたい。
この事故により、亡くなられた3歳の男児に対しては、心からご冥福をお祈りするものであるが、本稿は、純粋に刑事責任について考察するものであることをご理解いただきたい。

事故の概要

平成24年1月13日午前10時ころ、川崎市麻生区上麻生2丁目、市道の交差点において、横断歩道を母親のやや後ろを歩いていた3歳の男児と、交差点を右折進行してきた乗用車が衝突し、男児は頭部を強打して事故から約2か月後に死亡した。
現場は、信号機のない交差点で、水道工事が行われており、警備員2人が片側交互交通規制により交通誘導を行っていた。
クルマは、警備員の交通誘導に従って交差点を右折して横断歩道に差しかかり、歩行者の母子も警備員の誘導に従って横断歩道を歩行しており、警備員は、クルマと歩行者双方への重複した誘導により事故を誘発したと判断されたものである。
検察官は、平成24年12月27日、ドライバーと警備員の過失の競合により死亡事故に発展したものと認定し、双方を起訴した。

判決

加害ドライバー:禁錮1年8か月(求刑に同じ)執行猶予5年
交通誘導警備員:禁錮1年(求刑に同じ)執行猶予4年

交通状況の把握が欠如と指摘

裁判の状況

⑴警備員に対する尋問

ア、身上関係

48歳の既婚の女性警備員で夫も以前同じ警備会社に警備員として従事し、当該警備会社には、平成23年3月から勤務している(警備会社は警備業協会に加入していないため、事前の情報は皆無であった)。
夫の証言によると、まじめな性格で、事故後、極端に落ち込み、自分が代わりに死ねばよかったと自分を責め、自殺の恐れがあった(裁判中も終始泣いており、自分の責任として後悔している様子が認められた)。
運転免許を有している。
事故後、警備会社を解雇されていない。

イ、 過失関係

道路の片側を工事中のため、片側交互交通規制を男性警備員と2人で行っていた。男性警備員とは6㍍から7㍍離れていた。
右から加害車両が来た。
相手の男性警備員が進行OKの合図をしたため、加害車両に進行の合図を送り、横断歩道の手前で一時停止したのを見て、母子に横断歩道の進行を合図した。
横断歩道は、歩行者優先であるため、歩行者を通しても加害車両は一時停止するだろうと思った。 
その直後に、母親の悲鳴を聞いた。
加害車両が発進したのは見ていない。
衝突の瞬間も見ていない。
どこを見ていたのかわからない。
加害車両が停止したので見ていなかった。
加害車両をしっかり見ていればよかった。
素手で歩行者に進行の合図をした。
加害車両が止まっていても、歩行者に明確に合図するべきであった。
加害車両の動きも歩行者の動きもよく見ていなかった。
警備員は、自分の携帯で119番した。
加害ドライバーはクルマの中にいた。
その後、加害ドライバーは「あんたが誘導したんだろう」と怒鳴っていた。

ウ、裁判官の指摘事項

目撃者の供述によると、女性警備員は、普段から誘導灯を腰の高さで、ただ振っていた。
周囲の状況を全く確認していなかった(目撃者とは水道工事関係者と思われる)。
交互交通規制の相手方警備員の動静のみに気を取られ、警備員として現場の交通状況を把握するなど肝心なところを見ていない。

⑵加害ドライバーに対する尋問

ア、身上関係
 
飲食業を営む55歳の男性。
競馬法の前科を有し、窃盗罪で懲役刑有り。
妻が情状証人として出廷。
事故後、12日間逮捕、留置された。
事故後、スピード違反で検挙された(遺族が導法意識を問題視)。

イ、過失関係

警備員の〝進め〟の合図で進行したところ、横断歩道を歩いて、渡り終わる寸前の老人を認め、一時停止した。
ピタッと止まった記憶はない。
時速10キロくらい。
老人は、警備員の合図を無視して渡ってきた。
周囲に歩行者はおらず、母子には気がつかなかった(周囲の安全不確認)。
歩行者が居れば警備員が止めると思っていた。
一時停止に近い徐行の後、正面の安全確認を怠り、正面から子供を轢いてしまった。車の右前輪で轢いた。
捜査機関の実況見分は、工事が終わってから行っており、裁判官が、再度、法廷で警備員の合図をどこで見たのかを確認した。
事故後、加害ドライバーは、警備員の合図が悪いとずっと言い訳していた。
たまりかねて、母親が加害ドライバーの携帯電話を取り上げて119番した。
子供は泣いていた。

ウ、裁判官の指摘事項

老人が、警備員の合図を無視して横断歩道を渡ったことについて、警備員の合図がアテにならないことを加害ドライバーに諭す。
横断歩道上の母子に気がつかないまま、横断歩道の手前で、一時停止に近い状況から発進し、正面から子供を轢いてしまったことを確認した。

⑶遺族の証言
 
制服も用意し、幼稚園への入園を楽しみにしていた。
両親も子供の将来を楽しみにしていた。心身ともに健康であった。
事故以来、地獄の日々が続いている。
「運転手と警備員は、何をしていたのか。孫はかえってきません」と祖父が怒りの証言をした。

交通誘導警備員の有罪判決を考える(後編)
 
川崎市で交通誘導中の警備員とドライバーの競合により死亡事故に発展したとして、双方に執行猶予付き有罪判決が言い渡された。
これを受けて早川正行氏(神奈川県警備業協会・前専務理事)に寄稿してもらった。今回はその後編。
警備員教育の在り方、適正な警備業務の実施だけでなく、弁護士の選任など裁判所の判断を得られるような法律的観点による対策も必要になるだろう。【早川正行(前・神奈川県警備業協会・専務理事)】

交通誘導に関する最高裁判決

判決の基礎と認められる最高裁判例

昭和48年3月22日、最高裁判所は、交通事故による業務上過失傷害事件について、私設の交通誘導員が行う自動車の誘導における手信号は、法的根拠がなくとも一般社会通念上の信頼の原則によって有効であるという趣旨の判決を言い渡し、私設の交通誘導員の指示に従う義務を認定している。
昭和48年に愛知県で起きたこの事件は、土木工事責任者から委託を受けた女性誘導員Aが、赤旗と白旗を用いて交差点の北方方面で交通誘導に当たっていたところ、東方方面から交差点にさしかかった車両Bは、Aが赤旗により交通規制を行っていたのを認め、北方方面の車両は一時停止するものと考え、交差点に進入した。
ところが、Aの赤旗の止まれの合図を無視して交差点に進入した車両Cと衝突し、車両Cの運転手が頭蓋骨骨折の傷害を負った。
この事件で、一審の犬山簡易裁判所、控訴審の名古屋高裁は、交通整理の専門家ではない私人の自主規制は時として過誤を生じやすく、これを過信することはすこぶる危険であるから、女性誘導員Aの規制があっても、交差点に進入する車両Bは北方からの安全確認義務が免除されるものではないとして罰金20万円の有罪判決を言い渡した。
しかし、最高裁はこの判決を覆し、交通誘導員の誘導を信頼して進行した車両Bのドライバーを無罪とした。

裁判官の心証形成(推察)

最高裁判所の判例を踏まえ、交通誘導員は交通事故を未然に防止するための交通誘導を行う義務があるところ、本件(川崎市の死亡事故)警備員は、クルマに対しても歩行者に対しても明確な合図を行うことなく、クルマと歩行者それぞれの判断に任せる形で交通誘導を行っている。
いわゆる明確な交通誘導を行わなかったために発生した事故と認め、有罪の心証を形成したのではないか。

さらなる警備員教育の徹底を

本件(川崎市)事案の反省

      目撃者の証言から、普段の交通誘導に対する「信頼」がなく、警備員は水道工事の作業員からも信頼がなかったのではないか。

      警備員として3社目であるが、しっかりした警備員教育を受けていない可能性がある。
起訴状は、現任教育を1年に1回行っており、警備員教育に問題はないとしているが、裁判官、検事、弁護士の警備業法の不知により争点とはなっていない。

      片側交互交通という難しい誘導を、自信がないためか、相手方男性警備員の指示により行い、常に、相手方男性警備員を見ていた。
そのため、周囲の安全確認に対する注意が認められない。

   クルマに対しても歩行者に対しても明確な合図を送っていない。

   水道工事は、工事業者の競争が激しく、工事の請負料金が安いため、警備料金  
も低く抑えられる傾向にあることから、警備員の士気が低かったのではないか。

むすびに

本件の裁判は、女性警備員に3歳の男児を死に至らしめたという贖罪の意識が強い。そのため、検察官、弁護士、裁判官という法律の専門家が警備員の行為に対する法律的な解釈を行うことなく審理が行われている。
そのことから、本件は極めて情緒的な判決といえよう。
警備員の誘導にも問題が認められる。
しかし、それにもまして横断歩道の手前で一時停止に近い状況から発進し、正面から子供を轢いているドライバーの過失を吟味した場合、警備員の誘導とは別の要因が生じており、事故の原因は100%ドライバーの過失にあることは明白であろう。
今後、この種の事件が発生した場合は、優秀な弁護士を選任し、法律的な観点から裁判所の判断を得るべく努力する必要を感じる。
業界としては、この裁判の反省点を踏まえ、このような不幸な警備員を出さないための警備員教育が求められる。
女性警備員の「生活は苦しいけれど、警備員のような人の命に関わる仕事はもうしたくありせん」という証言は、業界として重く受け止め、対策を講じていかなければならない。

全国警備業協会事務局のコメント

このたびの事故は、警備員相互の連携が十分にとれていなかったことが一つの原因だと思われます。
私共警備業は、人々の安全・安心を確保する生活安全産業であり、社会の信頼なくしては成り立ちません。
全国警備業協会といたしましては、今回の事故を重く受け止め、二度とこのような悲惨な事故を起こさないためにも、各警備業者における警備員教育の更なる徹底を図り、より適正な警備業務の実施に鋭意努めて参りたいと思っております。

(警備保障タイムズ 「交通誘導警備員の有罪判決を考える」より 2013/8/21)

0 件のコメント:

コメントを投稿